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母と子も人と人なので、価値観も考え方も違うし同じ「価値観・考え方」である必要もない。
母は、私にまだまだ親として教えておきたいことがあるのだ。
だけど、それを聞きいれてその通りにするかしないか、その選択権はすべて私にある。

母としては、せっかくのアドバイスを受け入れない態度されるのが癪にさわってるんだろう。
最近は、「人それぞれやしなぁ。。」と言ってあっさり逃げてる。

母も60歳、これまで重ねた経験からの言葉かも知れないが、先回りして「世間ではこうらしいよ」とか「こういう時は○○ということ」。とか、私には全く分からない。

ちなみに母は妹の育児の時、軽く不安定になった。他にも更年期?の時に弱って、うつ状態だった。わりとすぐに治ったけど。あのとき私は中学・高校で家で「プチ母親」的役割をしてた。母の話を聞き、見守っていた。基本的には、いろんなとこへ行く「仲良し家族」だったし、今も割とそうだと思ってる。

思えば、きつかった!正直、勉強に専念できず、私も精神的に辛い思春期だったので、ほんと「何とかせねば!」という気持ちで過ごしてた。夜中、暗闇の中、2階へ上がって来て、私の枕元へ正坐で座られた時はほんと、きつかった。(今から思うと、何かよからぬことを思いつめてたのかな?)


私個人、人間としての「価値観・考え方」が確立されつつあるんだと思う。
母はそれに追いつけないというか、母なりの考えを聞いてほしい感じ。
昔の私は、大人しくちゃんと最後まで話をうんうんと聞いてた。そこが今と違う。

昨日、思考が一気にマイナスへ落ちたとき、こんなことを思った。
「ああ、一人の人間としては、この人のこと嫌いだな。私の気持ちを揺さぶったり、不安にさせる人だな。けど、自分の母なんだな・・・・もう実家へは帰らないことにしようか。身を削ってまで帰ることはない。もっと自分中心で。。」

と、完全に母を見限ってしまった。

●感謝するとこは感謝して、人としてどうしても分からない部分は「適度な距離」を持っていこう。
●しんどくなったり、身を削ってまで実家に遊びに行く必要はない。
●↑家族として「集まること」「まとまること」が「家族の和」とは限らない。離れてても想うことは出来る。


母の考えを尊重するのも大事だけど、ほんと分からないので今は自分を第一優先。
わが子と私と主人、3人中心で考えよう。

●凹んでも、泣いても、もがいても「何とか今、に目を向ける」ように持っていけるようになってる!
この良いクセをこれからも付けていこう。今日は、また新しい一日が始まる。

楽しいことを選んでいこう!

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2009.04.29 Wed l SADの私の日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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